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道は険しくとも、口笛を吹きながら歩いていこう♪ 大腸がん手術を受けたのを機に書き始めた日記です。治療、再発の不安、人工肛門、いろいろあるけど生かされている今を大切に、明るく行きましょう!
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永らくのご無沙汰です。

この2月末には術後7年間を経過するので、また岡山の病院で最後の検診の予定です。なので、それまではブログもお休みしようかと思っていましたが、ちょっと危ない病気にかかってしまったので、ご報告です。(でも元気ですよ)

その病名は、蜂窩織炎。ほうかしきえんと読みます。
原因菌は、ありふれた溶連菌。溶血性連鎖球菌のことですね。
この菌による感染症は子供に多く、喉の痛みや発疹など、比較的軽症ですので、子供の病気のように思われることも多いと思います。

私の場合も、最初は鼻水など風邪の症状から始まり、皮膚の発疹が出ることから始まりました。
ところが、それだけでは終わらずに、溶連菌は血液に入り、皮膚の下で繁殖したらしく、両足の甲が真っ赤に腫れて来て、39度近い高熱が急に出てきました。

血液検査の結果、溶連菌ということがわかり、急遽、抗生剤の点滴も開始され、二日後には熱もだいぶ下がりました。金曜日の午後に会社を早退したので、現時点で土日を挟んで5日間休んでしまいましたので、お医者様に「明日から出社しても大丈夫ですか?」と聞いたら、できれば今週一杯休んでくださいとのこと。
「熱も下がったし、腫れも少なくなったのですが」と聞くと、「普通の蜂窩織炎なら心配はしませんが、あなたの場合は劇症型溶連菌感染症の一歩手前ですから、注意が必要です」とのこと。

劇症型溶連菌感染症とは、別名人喰いバクテリアと呼ばれ、発症後数時間で死に至る場合もあるという怖い病気。
普通の蜂窩織炎なら、片足だけとかが発症するらしいのですが、私の場合は、両足の甲から始まり、両手、両足の付け根、両手の付け根がほぼ同時に赤くなってきたので、このまま進行すれば劇症型になってしまう危険性があると判断されたらしいです。
なので、今は体調は落ち着いていても無理すると再発する危険があるということらしいです。

はっきりはわかりませんが、大腸がんの手術で骨盤内のリンパ節を広範囲に切除しているために、免疫力が低下していたり、リンパ液がうまく流れないことも影響しているのかも。
ただでさえ、この時期は忙しくて、ストレスも高まる時期なので、気をつけないといけないのですが。

皆様も、風邪を馬鹿にしないで、発疹だとか異常が出たら病院に行きましょうね。






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1年間のご無沙汰です。(玉置宏です?)

少し前の話になりますが、3月に検診を受けました。
結果は異常なしでした。パチパチ
早いもので術後6年を経過しました。

次は8月にPET検査、そして何も問題がなければ来年の
3月の検診で7年間を経過することになり、岡山の病院との
おつきあいも終了となる予定です。

桜の季節になると、あと何回、花を見ることができるだろうかと
思っていました。それは今でもそうだけど、見る景色は違っているように
感じます。
まだ安心はできないけど、救っていただいた命、大切にしたいと
思います。
今日は昼から爆弾低気圧の影響で天気は荒れるらしいので、
桜もおしまいかもしれません。

そうそう、長女は今日から仕事でパリです。
地球は小さくなったものですね。
いつか、いけるといいけど。

では、今日はこの辺で。
ご無沙汰してます。

実は2月23日に、大腸がんの手術を受けた岡山の病院に検査に行ってきました。

結果は「異常なし」でした。
5年前のちょうどこの日が手術の日でした。過ぎてしまえば早いものですが、当時は明日の見えない中で、ものすごく不安な日々を過ごしていたことを思い出します。

とはいえ、私の場合は5年経過したら一安心という訳にはいかないようです。
検診の時に先生が、またまた怖い話をしてくれました。検診のたびに、怖い話をしてくれる先生です(笑)

私の場合、リンパ節転移があったのでステージ3bなのですが、手術の時に摘出したリンパ節は107個もあったそうです。
しかも、その中でも主リンパ節という部分に5つの転移があったそうです。統計的には、この部分に2個以上の転移があれば5年間生存率はゼロらしい。
先生曰く、「統計が当てはまらない例もありますから」と笑って話してくれましたが、手術直後なら受け入れられない事実だったでしょう。
なので、あと2年間は検診が必要と言われました。

だから、がん患者の皆さん!
五年生存率という言葉に、落ち込んではいけません。統計は統計。例外は必ずあるのです。
一緒に頑張りましょう!
先々週の木曜日に主治医のところで、半年ぶりの検診でした。結果は異常なしでした。
次回は来年2月23日、手術からちょうど五年目となります。主治医からは七年間の経過観察と言われていますので、まだ安心はできませんが…

ここまで生きて来れたのは、主治医の手術のお陰だと思ってます。大腸癌の場合、特に進行性ガンの場合、最初の外科手術が非常に重要だと思います。
(手術以外の方法もあるので、他の治療法を否定するものではありません)

私が、手術する病院を選んだ主な基準は、以下のようなものだったと思います。
(過去にも記載した事があると思いますが、あらためて)
 ①年間の手術件数が200件以上あること
 ②進行度別の五年間生存率を公表していること
 ③ストーマ外来など患者サポート体制が整っていること、
 ④セカンドオピニオンでの意見交換を通じて、主治医を信用できたこと

もちろん、食事や生活面での注意など、気をつけていることはあるの
ですが、少なくとも、ここまで再発をしないできていることについては、
病院関係者の皆さんにものすごく感謝しています。

大腸がんも初期であれば、完治する可能性が非常に高いので、
まずは検診を受けて欲しいと思います。
そして、もしも、がん、特に進行がんが発見された場合は、
セカンドオピニオンも使って、納得のいく病院を選んで欲しい
と思います。

私も、まだまだ安全圏ではありませんので、いっしょに
頑張って生きましょう。
 おひさしぶりです。
本日、2月24日に大腸がんの手術を受けた病院(岡山)に
行って、検査を受けてきました。
結果は「再発を認めない」でした。よかった、よかった。
(でも、脂肪肝だと言われてしまいました(笑))

4年前の2月23日に手術を受けましたから、ちょうど4年と
1日目ということになります。
今日、先生とお話をしていたら、「4年前の手術のときは、
今日のこの日を迎えられるとは思っていなかった」との
ことでした。
そして、「何事も、あきらめてはいけないと言うことでしょう」
とも。

専門的な話でしたから、正確に理解はできていないと思い
ますが、私の場合、非常に多くのリンパ節に転移がありま
したので、かなり広範囲にリンパ節切除を行っています。
その中でも、上臀静脈に沿ったリンパ節が大きく腫れてい
たらしいのですが、この静脈は坐骨神経につながり、
誤って傷つけると大量出血につながる危険な部位だった
らしくテープを貼って慎重にリンパ節切除をされたそうです。
こんな手術をしたのは、後にも先にも私一人だったそうです。

手術室に入ってから出てくるまでに約12時間もかかった
大きな手術でしたが、こんな大変なことを、「わずかな望み
をたくして」主治医の先生は手術していただいたのです。
それでも、「できる限りのことはやったが、100%とりきれ
なかった可能性は高く、統計的にみて再発の可能性は
高い」と当時は考えておられていたことを改めて知りました。
でも、手術後の説明で、「再発しても、まだ打てる手はある
から、一緒にがんばりましょう」ともおっしゃっていただき
勇気付けられたことを覚えています。
患者にとって、癌と戦う勇気を持つための、ありがたい
配慮だったと感謝しています。

まだまだ、油断はできませんが、今生きていること自体、
奇跡なのだとあらためて感じました。
であるならば、この奇跡のような時間をどう使うべきか・・・
どう生き、どう死ぬのか・・・もう一度、ゆっくりと考えたいと
思います。

今の仕事に、帯状疱疹がでるほどストレスや疲労を抱えて、
場合によっては免疫力を低下させ、再発のリスクを高めて
まで取組むべき価値があるのだろうか?
なんてことも考えてしまいました。

次の検査は8月です。
今年は夏までにしっかり体力つけて、屋久島に登りたいと
考えています。
奇跡のような貴重な時間を大切に使わないとね。

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プロフィール
HN:
gueroguero
性別:
男性
自己紹介:
妻、娘二人(県外に就職)、愛犬(メス)と暮らす。
07年1月に大腸がんの宣告、2月に手術を受け、人工肛門となるとともに、抗がん剤治療を開始する。
がんになって改めて感じた、人の温かさ、日々の暮らしの大切さを日記に残したくてブログにチャレンジ。

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